インタビュー記事「京町家の魅力とテクノロジーとの調和」_京都市都市計画局 住宅政策課 企画担当課長 関岡 孝繕氏(前半)

2 Sep 2021 | Media

インタビュー with 京都市都市計画局 住宅政策課 企画担当課長 関岡 孝繕氏   1/2(前半)

 

9月2日に発表したmui Lab x 八清との取り組みである「スマート町家」のリリースを機会に、京都市都市計画局のご担当 関岡氏にインタビューをさせていただきました。
町家や景観保全の対策のお話から、町家とコミュニティのつながりを歴史から紐解いていただき、さらにはテクノロジーのある暮らしについてのお考えについてもお話しいただきました。
インタビューというより会話基調で行われ、関岡氏ご自身のパーソナルな魅力も詰まった素敵な記事となりましたので、これからの未来を考えるヒントとしてぜひご一読ください。(こちらの前半記事では主に京都市の都市構想、また町家とコミュニティの関係性についてです)
 
 
 

interview date:2021/7/30
interview & text:mui Lab 森口 (M)
interviwee:京都市都市計画局 住宅室 住宅政策課 企画担当課長 関岡 孝繕 氏(せきおか たかよし)(S)

 

M)まずは大きな視点で、京都市の都市構想について教えてください。

S) まず京都市基本構想の大上段として「世界文化自由都市宣言」というものがあり、昭和 53 年に 打ち立てられました。文化都市として世界に役割を果たしていく必要があるということで、多様な人たちが平和のうちに集い文化交流を行うこと、古い文化遺産と自然景観を保持してきた都市として、優れた文化を創造し続けることが大切であるといった理想が掲げられています。 この理想を踏まえて京都市基本構想や基本計画を定めています。京都の基本計画には、以下のとおりエリアごとに3つのまちづくり方針を定めています。

1. 北部(三山等):保全
2. 都心(旧市街地等):再生
3. 南部(京都駅以南):創造

この方針は、京都市のいろいろな計画に掲げられ、様々な施策を展開しています。特に都心再生のまちづくりをどうするかということで起こってきたムーブメントである京町家の保全再生の取組は2の都心再生の部分にあたります。平成3〜4年から京都のまちづくりの議論が始まり、都市再生のまちづくりは平成 10 年からスタートしました。そこに京町家の保全再生のことが打ち出されました。まだ 20 年ちょっと前のことです。景観政策としては、平成 19 年に新景観政 策というのを打ち出しました。デザイン規制、高さ規制、屋外広告物の規制が強化されまし た。そのうち歴史的な京町家や文化財などの景観資源を保全継承していくことも5つの柱の一 つとして置かれています。こうして京町家の保全継承に力を入れて取り組んできました。

 

M) 京町家の保全や景観保全におけるビジョンと現状の中でギャップや課題などはありますか?

S) 新景観政策の検討当初は、エリアごとの景観特性 (京都市内で 70 を超えるエリア分類。歴史的にこんな特徴があるものが集積しているなどの分析をもとにリストアップしている) に応じてデザイン基準を決めていきたかったのですが、急に細かくはできないので大括りにして景観規制がかかっています。そこで今後は地域の景観まちづくりからボトムアップで「僕たちのエリアはこういう景観ルールにしていこうね。」ということできめ細かなルールを作っていくため、地域景観づくり協議会という地元組織を認定して京都市としてサポートすることになりました。この組織には権限を与えていまして、そのエリアで新築します、外装直しますといった時、景観の手続きをする前に協議会と業者が意見交換をしなければならないというルールがあります。建築行為が繰り返されるごとに地域の意見が反映されて、だんだん自分たちの持 っている景観イメージに近づいていきます。そうしていくうちにルールが固まっていきます。 ただ、まだ今は景観ルールが細分化されていないので発展途上です。
しかしながら難しいのは、デザイン基準があってそれに従ってもらうにしても、果たしてそれを満たせばよい建物になるのかというのは別の話です。基準通りではあるけれど何か違うな? ということはよくあります。設計する側もそのルールさえ守っていればいい、というスタンス になってしまう。本来はルールができた理由や背景などを理解し、例えば、京町家との連続性 で庇(ひさし)を設けたり、3階以上はセットバックする必要があるといったルールがあった時に、「とりあえず庇を付けておけばいいんだろう」となってしまい、とってつけた感で調和してない形になってしまう。事業者側はルールや数値さえ守っていればいい、という話になっ てしまい職員もジレンマを感じるときがあります。本来は、通りや街に調和する、街の雰囲気が良くなるという設計をしてもらいたいというのが元々の趣旨ですが、それほど縛っていないので設計側や建てる側のマインドセットや、誘導する側の職員のマインドセット次第になってきます。ルールというのは、わかりやすくするために制定しているだけで、「このルールには 合わないけど、このデザインが良いんだ」ということをもっといろんな人が主張してきてもいいのです。実際は「基準には合わないけどいいものだね」と有識者が判断して特例で認めていくという制度も組み込んではいるのですが、手間も時間もかかるのでなかなかそこに乗ってくる人は少ないというのが実情です。一度自分の知り合いが今のルールだと建物として良いものが作れないと話してきました。彼は時間もある方だったので、1年かけて有識者との協議をしながら建てまして、とてもいいものが出来上がりました。京町家との連続性もあり、ルールに従わずにチャレンジしてよかったなと思いますが、彼は時間があったからできたということでもありますね。また、景観保全の取り組みとしていいものを讃えていくことも大事で、京都景観賞というものを作っています。

<京都景観賞>

・建築部門
・屋外広告物(看板)
・景観づくり活動部門
・京町家部門

 

景観ルールを守りつつ素敵な景観を作っている事例もあれば、ルール通りではないけど特例許可で良いものを作っている人たちを表彰しているものもあり、一部ウェブサイトで公表しています。設計士もどんどんチャレンジしていって何がベストかを考えるといった形になればいいなと思っています。

 

M) 行政が決めたことに市民は従わねばならないという一定の固定観念があるようにも思うので、行政側も、裏側の柔らかな余白やその本当の意図するところをわかりやすいストーリーとしてウェブサイトや SNSなどを通じて伝えていくことも必要なのでしょうね。大概は市民と行政の関係性やそれぞれの意識に問題があることが多いので、互いに歩み寄る方法を模索したり、そもそもガイドラインの設計に余白が必要な気はします。

S) いい意味で余白を使うことは大切ですね。ガチガチに決めすぎてもダメで、今のデザイン基準はガチガチではないけれど、「ルールとしてあるから単純に従う」という意識だと建築的には本当にこれでいいんですか?というものが出来上がってしまう。センスも問われると思うので微妙なところではあります。デザインにこだわる人からしたらルールは不要と思うのですが。施主が時間 のかかることを嫌がったら設計士がやりたいと言ってもできないですし、その辺りは難しくて簡単ではないです。

 

M) 一件の家を建てるのに関連するステークホルダーが施主と建築家と業者と行政と考えると、結構考えることが多くて大変なプロセスですね。

S) そうですね。淡々とルール通りにこなす建築業者が仕事をとっていく流れもありますが、それが本当に良いのか?というのはあります。景観もそうですが、建物のボリュームもあって、経済的な観点からしたら容積率をフルに使って戸数を稼ぐ方が経済論理性としては良い。「余白」の話はとても共感しています。先日、学校跡地の再生の話があり、今の跡地を残してどう再生するか?ということで建築家と話をしたのですが、壊してゼロから建てるよりも、一 見「この空間は意味あるのか?」とわからない空間があっても再生をしていく過程でそこがとても魅力的な場所になることもあります。隙間の空間をカフェスペースにしたり。余白をどうデザインするか?ということが実は空間の魅力を引き出しているという話もしていました。一 見無駄ではないか、というところが化けることはあります。

 

M) 人の行動は予測しきれないですし、子供たちが小さなスペースで予想外のクリエイティブな遊びをし出すかもしれないですしね。

S) 西洋建築は空間の目的が決まっていますが、和の空間というのはそもそも多目的です。お客さんがいれば座敷になるし、家族にとっては団欒をする食堂にも寝室にもなります。多目的なのが和のしつらえの良いところであり、たくさん部屋を取れない都市の事情はあるけれど、目的を決めないと色々使えるのです。家具や調度品を出すことでその設えや活用内容が変わっていきます。京町家は本来は職住共存で使われるのが理想ですが、町家ブームは飲食、物販など異なる用途で活用されていっています。和のしつらえが元々多目的なものなので、いろんな用途に転換しやすいという点で町家をリノベーションして住まい以外の複合用途として使われることが増えています。我々としては住宅として使って欲しいという思いはありますが、目的を決めないほうがいろんなことに活用できます。


M) 住宅として使ってほしいというのはどういう理由からですか?

S) 人が住んでこそ文化が継承されるというのがあります。町家と京都のコミュニティの関係性は密接です。普通は街区で囲まれて町が形成されていますが、平安京の時代以降は都市生活の中で通りが主役になっていき、通りが面しているところで一つの町を形成しています。過去に応 仁の乱があったりで、いろんな人が入り込むので自衛手段をとり始め、通りの端端で木戸門を設けて夜は閉じる。そうすると一つの町は通りを中心にした菱形に各町が形成されていきます。中京区などに残る両側町がそうです。この両側町が複数が集まると学区になっていきます。この両側町の通りに面して短冊状に並んだ区画が町家の町割です。通りの真ん中にある敷地は一番奥行きが長くなります。だんだん端に近づくほど奥行きが小さな家になります。昔は角地に番人さんがいました。明治頃になるとこの角地に床屋さんができました。今でも角には床屋さんがあるところが多いです。話を戻すと、町家の敷地は、基本的にはうなぎの寝床で、 敷地の一番奥に立派な蔵があります。通りを中心にコミュニティが出来上がるというのが町家 の歴史でもあり、コミュニティの歴史でもあります。基本的には間口よりも奥行きが長い。間口に応じて税金がかかっていた説もありますが、効率的に町家を建てていこうと思うと間口を細くして奥行きを長くしたほうが敷地の有効活用になります。祇園祭を担っている町内は、平安京当時の 120m 角の街区を維持しています。これがまさに街を作っていますし、この町割は祭りとも深く関係しているので、町割を変えないことが京都の雰囲気や景観を維持することにつながっています。歴史もつながるしコミュニティも分断しない、街並みも整っていくので町割を維持していくことは重要なことです。街区、コミュニティが形成されたのは江戸時代といわれており、この頃から崩れていないのです。京都でやってしまったらあかんことと して、両側町を無視してマンションを建ててしまうと、2つの町内に跨ってしまい住人は何町に帰属するの?ということになります。町を跨いで建ててコミュニティのルールを無視したということが当時物議を醸したこともあります。せっかくいいものができたとしても軋轢を生んだりして残念なことになってしまいます。
また、京都は通りから見えない敷地の内側に余白があります。現在は、新築を建てたらガレージを作ってセットバックさせることが多いですが、そうすると壁面の連続性が失われます。通り景観を繋ぐものを作る必要があるので、セットバックした駐車場部分に庇のついた門のようなものを作ることが多いです。しかし、京町家では大体奥に庭がある。街区の中の方に緑の空間があって、隣と似たような位置に作るので街区の中にグリーンベルトができている。京都 の街中は緑が少ないように見えるけれど、昔は坪庭から奥庭まで内部的な自然があって、自然との共生を意識して町家が作られていたので街区内が緑豊かでした。生物多様性を考える計画がありますが、町家の庭にある植生やそこに寄ってくる昆虫類や鳥類など生物多様性に寄与していると書かれています。

 

M) 関岡さんは町家に住んでらっしゃるとのことですが、実際どうですか?苦労や喜びや可能性など何か感じていることがあれば教えてください。

以降、後半記事