創業からこれまでの物語
mui Labの創業ストーリー
mui Labは初め3人のメンバーによって始まりました。今では「muiボード」として親しまれているmui Labのシグネチャー的なプロダクトの構想が生まれた2017年当初は、当時所属していたNISSHA(株)の倉庫を事務所にして日々技術開発に勤しんでいました。その過程で様々な葛藤があり、2年後の2019年に創業メンバーによる買収(MBO=Management Buy Out)という形で独立し、スタートアップとしての道を歩むことになります。
創業当時のメンバーの年齢は、30代後半~40代前半でした。皆に共通するのは、忙しい仕事の合間の家族との平和な時間。 しかし、あわただしい生活は、束の間の家族の時間にもひっきりなしにつながりを求めてきます。 すぐにそれに反応してしまい、時に悲しむ子供やあきれるパートナーの顔を見ることもありました。
そんなメンバー達は、自分たちの家族を観察し、ヒアリングを重ねながらプロダクトを創りこんでいきました。どんなテクノロジーが、どんなアプリサービスが家族や家の暮らしを豊かにするのか。一番身近で大事な家族にまず喜んでもらえるプロダクトを作りたい、という思いから始まり、今だ検証を続けている私たちですが、そこにはたくさんの物語があります。創業に至った経緯、ユニークなコンセプト、苦労話など、なかなか聞けないお話をQ&A形式でお届けします。
インタビュー対象:mui Lab CEO & Co-founder 大木和典
まず、事業内容はどんなものですか?
全ての人にウェルビーイングな家時間を提供すべく、ユーザー(生活者)のウェルビーイングと企業のDXの課題解決をスマートホーム領域で行っています。
スマートホームに関するソリューション提供と、デジタルと人の接点となるユーザーインターフェースの開発をCalm TechnologyをベースとしたCalm UIとしてソリューション提供しています。
会社名のmui Labは、「無為自然」に因んでいるとのことですが、それは何故ですか?
我々は、今後進化し続けるであろうテクノロジーの未来が、作為的でなく自然なありさまを示す 「無為自然」のコンセプトが我々の目指すテクノロジーの「佇まい」を支えてくれると考えました。テクノロジーが人と調和し、人と自然との調和を助長するような新しい関係性を、デザインと最先端のエンジニアリングを通じて実現しています。
なぜ無為自然なテクノロジーが必要と感じたのですか?
まず、IoTやスマートホームと聞くと、デバイスを思い浮かべることが多いと思います。代表的なプロダクトとしてはスマートスピーカーやAIなど。センサーによるオートメーション化で暮らしを効率的で生産的にしてくれるようなものが多いですね。
しかし、生活の中に生産性を連れ込むと、どこまでも仕事の延長線になってしまいます。生活の中で本当に必要なことは何か?自分たちの家族という身近な視点で考えると、家に帰ったらデバイスに注意を奪われず、大切にしたい時間がたくさんあることを痛感していました。問題は、それらデバイスが人の生活に溶け込んでいないことです。大量の情報がシチュエーションを無視して降りかかり注意を引いてきて集中できないとか、我々人間側がモノ(スピーカー)に話しかけるという状態とか、そのモノから返ってくる反応がおかしいとか、たくさんの違和感があり、人間のメカニズムに適応していない。テクノロジーが意図的で、殺伐としていて咀嚼しづらいことに着目し、作為的でなく自然な佇まいを持つIoTやスマートホームの技術を開発しようと考えました。
muiボードは木製ですが、タッチセンサーの技術を木に応用するというのは難しいことなのですか?
通常、タッチパネルはガラスをインターフェースとして使っていますが、それを木に変えて透過する機能を持たせました。透過に耐え得るディスプレイを自分たちで作りました。偶然の発見です。偶然とクリエイティブな発想が組み合わさって完成した技術です。
素材の決め手や難しさはありましたか?
私たちにとって初めてのプロダクト開発だったで、苦労は予想以上に大きいものでした。素材を試すことはできるのですが、IoTを使ってユーザー体験にまで落とし込んでいくのは壮絶な苦労でした。最初はユーザー体験まで至らず、技術としてどう成立させるのか、というところでいっぱいいっぱいでした。廣部は当時、NISSHAで素材のデザイナーだったので、様々な素材を試しました。そこから海外の展示会や周りの人たちへヒアリングをしました。中でも、木は、何か魔力というか、人に訴えかけるものがあるようで、木素材が一番人気がありました。木自体が人にとって身近な存在であるという点もありますが、人が良さを感じるのは、見た目と手触りから五感に訴える感覚を通じて、ということがわかり、それを、muiを触ると光が浮かび上がるという見た目と、触れた信号を読み取って機能に転換するということが、同類の感動を生むのではないかと考えました。人が本質的に感じることに訴求できているのではないか、と。
自動車や家電も元々は木を使っていました。工業化が進んで大量生産になると、自然素材だから使いづらくて悪いところがフォーカスされてしまい、本杢をつかっているのは高級車のみになっていきました。そういう意味では、使われなくなった素材を使うのはコストもかかるし、エンジニアリング的に大変でした。木で行くと決定するまでは、企画側とエンジニアサイドでの葛藤がありましたが、様々な体験や感覚を共有する中でそれを乗り越えました。
開発のきっかけはどのようなモノでしたか?
きっかけがやってきたのは、NISSHAという会社の新規事業でタッチパネルの新しい姿を模索していたタイミングでした。家具やインテリア、建築空間で使われるプロダクトを作りたいと思っていたので、新たなタッチパネル技術と融合し、muiの世界観ができました。
その時、私(CEOの大木和典)は結婚をしたタイミングで、Co-founderでCreative Directorの廣部は3男ができたタイミングでした。
どのような意図で開発をしていますか?
情報に追い回されているような感覚があったので、家の中においては、必要な時だけ出てくるデバイスを開発したいと考えていました。空間の一部としてデバイスを消し込んでしまうというのが元の発想でした。
デジタルのある暮らしの中で心が豊かになる体験、心地良く快適な心持ちで過ごせることを願い、人の心に寄り添うテクノロジーを普及する意図を持って、日々難しい現実に向き合っています。
パーパスである「人の心に寄り添うテクノロジー」について詳しく説明してください。
こういったテクノロジーのあり方は必ずしも今生まれたわけではありません。人間のための技術というのはスティーブ・ジョブスも言っていました。テクノロジーは、新たなスペックなどのショーケースになりがちで、そこに人が興味を惹かれやすいのも事実ですが、その結果、それを使うユーザーがどう感じるかは見過ごされてきたように感じます。
今、住宅メーカーなどと協業していますが、彼らは設計以外に、そこでどんな暮らしをしてもらいたいか?という「豊かさ」を大切にしています。技術側に欠けているのはそういう視点ではないかと。そこで暮らす人の真のニーズに、どう技術が機能性を超えて応えられるのか?どういう姿であれば馴染んで受け入れてもらえるか?というのが重要な論点で、我々の一つのアプローチは、人の心に寄り添える余地があるか。つまり、余白です。余白があるからこそ、感情移入ができる。余白のある技術というのを一つの指標にしています。
利用者はどのような人を想定していますか?
結婚したり、子供が生まれたり、新しい家族を持った人たちを想定しています。これから関係性を高めていくという人生のフェーズにおいて、邪魔になる存在ではなく、助けになる存在としての役割を果たしたいと思います。
NISSHAの社内ベンチャーとして独立(MBO)したとのことですが、どんな経緯だったのですか?メリットや苦労したことはありますか?
元々、co-founderの3人(デザイナー、エンジニア、新規開拓営業)はNISSHAという会社の社員でした。その中で会社のベンチャー制度を活用してmuiボードの開発を始めたのですが、やっていくうちに、大企業でやるべき事業のスタイルに忠実であることと、スタートアップとして伸びていくための戦略が折り合わないことが出てきました。 例えば、人材採用、ファイナンスなどです。
muiは先行開発だったので、スマートホームというトレンドに合わせてスピード感を求められる事業においては、スタートアップの手法が最適だと思っていました。MBOという手法に出会い、実行しました。それによってmui Labは独立し、ベンチャーキャピタルから資金調達をし、独立後、優秀なメンバーが参画してくれました。スタートアップの良さを享受してます。
一方で、会社員が経営者になるのには相当な苦労が伴います。経営経験がないので、知識以上に意思決定していくことが難しく、今でもできていなかったと思う瞬間がたくさんあります。自分自身がブレーキになっているのではないか?と感じる瞬間は今もあり、他の先輩経営者から学びながら自分自身を変えていこうとしています。
苦労話としては、経営者として経験を積んでいた中、コロナで2年間海外に行けなくなり、売上に伴いチームの士気も落ちた時には危機感を感じました。
今は事業成長フェーズに入っていて、経営者としても会社としても成長しています。会社員では経験できなかったことがたくさんあるので、メリットしかないですね。
企業の社内ベンチャーがMBOによりスピンオフした経緯を持つ我々のようなスタートアップは日本ではまだ珍しいです。日本企業の長期停滞が指摘されるなか、豊富な人材、知的財産、ネットワーク等を持つ大企業で、意欲ある若い世代がそれらの資産を活かしながら社内ベンチャーを立ち上げ、われわれのようにグローバルに展開するスタートアップとして独立することは、起業家が生まれづらい日本の喫緊の課題解決につながることに加え、大企業をも活性化させ、ひいては日本経済の飛躍につながるものと信じています。
資金調達で苦労した点はどんなことですか?
2019年に資金調達を行ないました。その時点ではコロナ前であり、スマートホーム市場もこれから伸びるタイミングでした。未来の成長イメージを見せて投資家さんに納得いただくには苦労しましたが、日々応援をいただくなかで、投資家さんを含めて一緒に未来を作る仲間なんだということに気づかされました。今後カーム・テクノロジーが広がる中でさらに多くのご支援をいただければと思っています。
コロナの前半は苦労したとのことですが、経営する上で何を大切にされてますか?
一貫性、首尾一貫していることですね。最初は創立メンバー3人でやっていたので暗黙知で進められましたが、人が増えるに従い、それでは進まないので、形式値にして伝えることが大切。技術はあるけれど、成立させる人自体が会社としての財産です。集ってもらった優秀な人たちがどうしたら一緒に成長していけるのか?という仕掛けを、売上成長と両立させる必要があります。お金は使えない中で、何が自分たちの持ち味で、それによってどのように事業とチームが成長するか、を考え続けています。悩んでいるのは常に人のことですね。
プロダクト開発や新規事業開発で意識していること、秘訣はどんなことですか?
muiの自社プロダクトを持っていますが、B to Bがメインです。大切にしているのは、お客さまに共感してもらうことで、一緒に事業を立ち上げるとか、共にサービス、プロダクトを開発していくという関係値です。それが成功につながると思っています。そのためには、メンバーの魅力や行動指針などを首尾一貫してきちんと伝えることが大事です。
mui Labは、名前の通り、ラボとして始まりました。いかにオリジナルの技術を開発するかが重要で、それによって、muiだからこそ面白い、素敵なものを作れる
という納得感を醸成したい。そのために、研究やサロン開催、アーティストコラボなども行っています。いかに面白い集団になれるかを大事にしています。
アレクサとの連携やジブンハウス、リビタなど住宅会社との協業もされていますが、どのような意図があるのですか?
「コラボレーション」を会社の行動様式として挙げています。mui Labが媒介となって、接続して新たなものを作る。媒介するからこそ新たな関係が生まれ、新たな価値が生まれると思っています。なので、連鎖反応的なコラボがどう生まれるかを意識的にやっています。
まず日本においてはスマートホーム市場自体を伸ばす必要があります。そのためにも、一緒に盛り上げた方が良い。一体となって取り組めば、新たなカームテクノロジーの世界観が生まれると確信しています。
ドイツ支社があるようですが、初めからグローバル展開を考えられていたのですか?
NISSHAにいた頃は米国で新規開拓を担当していたので、米国市場を見ていました。muiのプロダクトはテックというよりも、家具のようなものなので、差別化できていて、違う形で受け取られているのが面白いですね。市場は形成中ですが、スマートホームの領域ではユニークに映るようで、テック業界としては、ラスベガスで毎年行われているCESでは2019年に続き、2022年もCES Innovation Awardsを受賞しており、デザイン業界では、Archiproducts Design Awards 2021の受賞と、その中のサステイナビリティを評価する部門でも受賞しました。
京都からグローバルというのは珍しいと思いますが、京都だからこそ、と言えるものはありますか?
テック企業の中には、ボストンやシリコンバレーで生まれたサービスをベンチマークとして日本向けに作る会社もありますが、それではシリコンバレーの本場には敵いません。我々は、京都にしかないものが何かを常に考えています。京都の文化に触れることで、開発陣は創造性を広げられます。京都にはアート&テクノロジーをサポートしてくれる歴史、風習、所作、伝統などがたくさんあります。それをソフトウェア技術にどう落とし込むか、がmuiとしてのチャレンジです。それこそが京都から海外へ発信するべきことで、根源的な価値観としても世界に提示できるものだと思っています。
そもそも、京都の名門企業は創業当時から国内市場のみならず、海外市場を開拓する京都企業に固有のDNAを持っています。mui Labも創業時から欧米市場に狙いを定め、多くの有力企業との共同開発に取り組んできました。内向き志向が広がる日本企業にあって、京都企業のDNAを受け継ぐmui Labにはグローバル市場で地歩を築くメガベンチャーになるべき使命があります。
このような大義が創業から一貫して自らの原動力になっており、mui Labの成長を通じ、社内ベンチャー発、京都発スタートアップのロールモデルを示したいと考えています。